1番好きな作家は誰か
と聞かれると「好き、とは何か?」と考えてしまう私です。もっと具体的に「ここ1年くらいで1番読んでいる小説家は?」と聞かれれば答えやすい。
中村文則さんだ。
中村文則さんの作品との出会いは、以下のような感じだった。
アルベール・カミュの『異邦人』にハマっていた時期があった。ふと、「カミュに近い日本人作家は誰だろう」と考えた。そして調べていると中村文則という小説家がカミュに影響を受けたことを知る。よし、読んでみよう。
ちなみに、中村文則さんが影響を受けたと明言しているのは『銃』というデビュー作のみ。
私は読書した際に「読書メモ」をしているのだが、中村文則作品の読書メモが溜まってきたので纏めてみた。あくまでも私的なメモなので、独我的であることは認識していただきたい。
以降、読む度に更新していくつもりだ。
去年の冬、きみと別れ
アルベール・カミュのことを調べていて、たまたま影響を受けた作家として見つけたのが中村文則さんだ。芥川賞を受賞しているから名前は知っていたが、読んだことはなかった。
芥川賞受賞者であるから、当然純文学の作家であるのだが、その純文学作家がミステリーを書いた、ということで興味を持った。
本作、確かにミステリーであるのだが、私の印象は純文学の読後感に近かった。人間の感情を深くえぐってくる感触だ。
そもそも純文学とミステリー・大衆文学の区別もはっきりとしないのだから、作品や作家で分けることも有意義なことと思えない。
とにかく筆力があって引き込まれる作品だった。筆者の他の作品も読んでみたい、と読書欲を掻き立てられた。
銃
最初に思い浮かべたのは、梶井基次郎の「檸檬」だ。
モノに感情や情熱を向ける様は「檸檬」に似ているようにも思ったが、やはり全体的な雰囲気はカミュを感じさせた。
現代的でありながら、重苦しい主人公の独白はロシアの古典を思わせる。
最初の1文から引き込まれた。「小説」というものも良さを改めて実感した。
土の中の子供
久しぶりに心を揺さぶられる作家に出会った、というと陳腐だが、しかしそのような感覚だ。
優れた作家・作品に出会うと、読書欲が掻き立てられる。それは数年に一回しか起きないので、やはり今貴重な時間の真っ只中にいるということだろう。
読んでいると自分では意識していない(意識できない)体の奥の方がざわざわとしてくる。決して共感はしないが、無理矢理心の深部をえぐってきて、そこに共通する何かを見つけようとしてくる。
本当にあったのか分からないが、そして現代でもそんなことがあるのか分からないが、血へどを吐きながら命懸けで書いている作品、そんな印象を持った。
今月、来月は筆者の作品を読んでいきたいと思う。
掏摸(スリ)
今までの読んできた著者の作品とは一味違った。
書き出しから衝撃的で引き込まれるわけではなく、最初は穏やかに始まった。そして中盤以降から完全に心を奪われる。
運命、ということが形を持って、それも悪意で持って描かれている。それは一見理不尽過ぎる印象があるが、説得力が半端ではない。
運命、という言葉を聞くと必ず浮かんでくる小説の一節がある。
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避けがたい運命を自覚を持って甘受し、良いことも悪いことも十分味わいつくし、外的な運命とともに、偶然ならぬ内的な本来の運命を獲得することこそ、人間生活の肝要時だとすれば、私の一生は貧しくも悪くもなかった。
(ヘルマン・ヘッセ(高橋健二訳)「春の嵐」)
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主人公は翻弄されたのは避けがたい外的な運命だったのか、内的な本来の運命を獲得することができたのか。
私はそんなことを思った。
遮光
怒る自分を演じる、喜ぶ自分を演じる、それで気分が良くなる。決して無気力・無関心ではないが、自分を俯瞰からみて操り人形のように自分を糸で操る。
私が普段感じているような「自分」というものを主人公も感じていた。つまり、共感、ということになるが、共感したことも共感しようとして自分で操作したような気持ちもする。
周りからは感情的になった、今風に言うとキレた、と見えるかもしれないが、そんな自分を俯瞰で見ている感覚。冷静に自分を見ながら、しかし冷静さの中に根元的な感情が含まれる感覚。
私は上手く表現できないが、この小説はその表現できない感覚を見事に描いている、と思った。
悪意の手記
自分が悪でないと釣り合わないという感覚、だれもが感じることなのだろうか。
私は時々悪いことを意識的に、自分が悪くなることを望んでいるような思いで、悪いことをしたくなる衝動に駈られるこおがある。
不良のそれとは違う、決して格好いいとも思わず、注目されたいとも違う、悪くなること、ただそれを目的とした行動だ。
そんな思いがあるから、「悪意」というものが自分の中に、どんな人の中にもあることを考える。そして、悪意が発露するときに、衝撃的な事件が起きるのでは、と思う。
悪意を上手く捉えた作品、というと偉そうだが、そんな印象を受けた。
王国
掏摸の兄弟作。
心に残ったのは
使い古された心地よい言葉が、私を苦しめる
というような件。(正確な表現は覚えていない)
J-POPの歌詞を思わせる(J-POPを批判しているわけでない)。一方でその心地よさを破壊する試みも、似たような感情があるのではないか、と思う。
破壊的な思想も斬新なアイデアも、その中に没頭し心地よくなった時点で陳腐なものに感じてしまう。
作品とは関係ないのだが、そんなことを思った。
最後の命
目を逸らしたくなるようなグロテスクなシーンを真正面から描いた、そんな印象を持った。はっきりと嫌悪を感じた。そんな嫌悪感を読ませるのだから凄いと思う。
希望がない、とはこのことを言うのか。登場人物はどれも救いがない。それが自分のせいであれば何も言うことはないが、外的な運命にさらされ自分というものを侵食されたとき、なにを思い、なにを考え、なにを望めばいいのか。
読み終えたときの疲労感が半端でない。暗くて重い空気が自分にまとわり付いている。
悪と仮面のルール
今までの作品は人の内面を深く掘り下げようとした印象があるが、この作品は自分から少し距離を置いたところから書いた、という印象がある。
それは社会や歴史、恋愛や戦争などもテーマに含まれているからだろうか。
深い穴蔵に潜り込んで暗い場所でコソコソと小説を読む感触はなく、エンターテイメント小説に近い、と思った。
純文学、というと敷居が高いように思うが、その純文学の古典の名作と呼ばれるものには恋愛物がやたらに多い。
この作品は50年後100年後!どのように評価されるのだろうか。
まとめ:おすすめをいくつか
中村文則作品をまとめてみて思ってのは、私の内面を抉られる作品が多いということだ。登場人物の思考回路が自分に近いのであろう。
まだ読んでいない作品もたくさんある。『教団X』は近いうちに必ず読むだろう。
個人的なおすすめは、以下の通り。
- ミステリー好きなら、去年の冬、きみと別れ
- ライトと読みたいなら、掏摸(スリ)
- 重苦しく暗い体験が小説の醍醐味だと思うのであれば、最後の命
このまとめ記事を読んで興味を持った方ならば、今すぐに読んで欲しいと思う。きっと自分の内側にある黒くて不快な何かを見せつけられるはずだ。