わにゴコロ

印西・千葉ニュータウン情報、バレーボールのことなどを雑記と交えてお届けするブログ。

「今更お米の洗い方?」/当たり前のことを書く意義についての考察

calendar 2016-03-25

「今更お米の洗い方?」/当たり前のことを書く意義についての考察

Twitterのタイムラインを見ていると、こんなことを思うことがあります。

「えっ?今更そんなこと書いたの?」

当たり前なことより、斬新なことを知りたいよね

あたかも自分が発見したかのように「こんな良いもの見つけました!使い方はね…」という説明が始まると、知っている身としては「今更かい!」と思うことがあります。

例えば、「お米の研ぎ方」とか説明されてもみんな知っています。よほどプロフェッショナルなことかオリジナリティ溢れることで無ければ、何で今更そんなこと書いたんだろう…となりますよね。

お米を研ぐ時の最適な中指の爪の長さ

とか

逆立ちしながらお米を研いでみた

とか

恋人とニャンニャンしながら研いだお米の味

とかなら読んでみようと思いますが。さて、にゃんにゃんしながらお米でも研ぎますかね・・・。

自分の当たり前と他人の当たり前は違う

でも、でもですよ。以外と当たり前のことを知らない人っているんです。私の当たり前と、みんなの当たり前は違うんですね、当たり前だけども。

主婦&主夫にとってお米を研ぐ方法は知ってて当たり前だけど、小学生は知らない人もいるよね。お米を食べない国の人はお米のとぎ方も知らないよね。当たり前だけども。

そんな人にとっては、今更タイムラインに流れる「お米のとぎ方」が有益な情報になる可能性があるんです。当たり前だけども。

分からないことは検索できるが…

「お米どうやって洗うんだろう。。」そんな疑問も持ったらググればいいですよね。最適な解をGoogleが出してくれる。

でも、お米を洗うなんて知らない人は、Googleで検索したりしません。Yahoo!でも検索しません。

たまたま流れていた情報にたまたま目が止まって、初めて「あ、お米って洗うんだ」「お米って洗って食べると美味しいんだ」と気付くわけです。ここまできて、初めてお米のとぎ方を検索するんです。

当たり前のことを発信する意義

検索は「1(名前だけ)知っている」を「3(ちょっと)知っている」、あるいは「5(ある程度)知っている」を「10(完璧に)知っている」にする行為。

でも「0(知らない)」から「1(名前だけ)知っている」は、検索ではできない。定期的に情報発信して目に触れる機会を増やすことが大事なんですね。

そんなわけで、「今更それ紹介する!?」みたいなことも、有意義なんだと理解しました。これから今更な記事を見たら「きっと誰かの役立つぞ!いい記事書いたなぁ、とりあえずお米でも研ぐか」と思うようにします。

まとめ

「今更なこと」でも「当たり前のこと」でも発信することは大事ですね。斬新で無くてもプロで無くても、タイミング次第で届く人には届くんです。「これから書こうとしていることのネタ振りじゃね?」と思った方は鋭い、その通りです。これから当たり前のことを発信していきます。

あ、お米研ぎっぱなしだった。でお米って研いだら何すればいいんだっけ?

この記事をシェアする

コメント

コメントはありません。

down コメントを残す