わにゴコロ

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紙パックジュースのストローのような存在に/「もう迷わなくなる最良の選択」アルボムッレ・スマナサーラ

calendar 2016-02-19

紙パックジュースのストローのような存在に/「もう迷わなくなる最良の選択」アルボムッレ・スマナサーラ

選択が人生を左右するなんてことは、まずないのです。それがなぜかということは、本書を読み進めていただけばわかると思います。

これはアルボムッレ・スマナサーラ著の「もう迷わなくなる最良の選択」の一節です。

ちょっと衝撃的な一節ですね。人生は常に選択を迫られるものだ思っていましたので。最適解を選択し続けることが出来ればいいのですが、そうでないから迷う。しかしこの本はそんな人生観を真っ向から否定します。

今、何かに迷っていたり、やりたいことが出来なくて悩んでいる人にオススメの本です。

選択と自我(エゴ)

娘と息子を見て思うこと

我が家には4歳の娘と2歳の息子がいます。ちょっと前までバブーバブー言ってた赤ちゃんだったのに、もう自我が芽生えて文句もワガママも言うようになりました。自己主張も激しいです。

それでも「やっていいこと悪いこと」の判断が出来るようになってきたし、娘は幼稚園に通うようになってからすっかり大人びてきました。弟には先生のように振る舞うことがあります。

こうして社会のルールを覚えていくと同時に、自我(エゴ)も肥大化していくのですね。

自我によって迷い悩み苦しむ

娘と息子はまだ先ですが、中学高校くらいに自分の自我のコントロールが難しくなります。思春期と呼ばれるこの時期に、自分のやりたい事とやってはいけない事(やるべきでない事)との狭間で悩みますね。

私自身も高校の時は自分しか見えず、自分のやりたい事以外は意味のない事だと捉えていた気がします。学校でやりたい事ってほとんど無いので、意味の無い学校に通うことに常に疑問を持っていました。

仏教は「自我の無い世界」を目指す

やはり自我によって悩むというのはその通りであるように思います。著者のスマナサーラさんはスリランカ上座仏教の長老ですが、仏教と自我についてこう書いています。

仏教では「自我のない世界」に生きることを目指して修行をしますが、世間一般には自我のない人はまずいません。自分がかわいい。自分が大事。みんな自我があるがゆえに、悩みや苦しみを深くしているのです。

仏教では「自我の無い世界」に生きることを目指し、それにより悩みや苦しみから解放されるということですね。はて、自我の無いというのはどういう状態なのでしょうか。

geralt / Pixabay

自我の無い世界、とは

自分のやりたいことが出来ないから心が乱れる

例えば、会社で上司に提案した企画を却下される。友達にLINEしたのに返信がない。家族が転職することに同意をしてくれない、など。

このときに起きる心の乱れ、これは自我が否定されたと感じるからです。

「やりたい」というのは自我が前面に出ている状態。自分基準で世界を見ている状態といってもいいでしょう。では、自分以外にどんな基準で考えればいいのでしょうか。

やりたいことではなく、やるべきことをする

やりたいことができる人生は幸せですが、自分のやるべきことが見つかったほうがもっと幸せです。やりたいことは自分の想像の範囲にしかありませんが、やるべきことは、思いも寄らないところにあったりします。だから人生は面白いんじゃないでしょうか。

例えば子育てが分かりやすいのかもしれません。子供の相手をしたいと思うのは自我。でも自分のやりたいように相手をしているのは本当の子育てではないでしょう。

子供の世話も躾も、あるいは世話をしている妻や夫へのいたわり。これがやるべきことです。

「やりたいことは自分の想像の範囲にしかないが、やるべきことは思いも寄らないところへ」。なるほど、こういう考え方があるだなぁ、という印象。仏教は面白いですね。

愛するとは

本書は愛についても言及しています。

「愛している」を、わかりやすく具体的に言ったら「必要な存在である」ということだと私は思います。欠くことのできない存在になっている、ということ。

「ステキだわ」と感じた方は、誤解している可能性が高いです。ここで言っているのは「必要だから一緒にいるのだ」ということ。

夫婦や家族は、「好きだ」とか「愛してる」とかでは無く「必要だから一緒にいる」だけ。人によってはショックを受ける考え方ではないでしょうか。しかし、子供は大きくなるにつれて親の手を離れていきます。それは大きくなるにつれて「必要では無くなってくる」からです。これはわかる気がします。

人間だから愛が幸福感ややすらぎを与えてくれることはあるでしょう。しかし愛によって怒りや憎しみも生まれます。では仏教は愛を否定するのか。これに対し本書はこう答えます。

「愛という感情を超える大きな理性を持ちなさい」

ブッダの言葉だそうです。理性とは「慈しみ(慈悲)」

慈悲とはすべての生命に対する大きな優しさ

すべての生命に対する大きな優しさのことを仏教では「無量心」と呼ぶそうです。これは4種類の心のはたらきがあるそうです。

  • 慈(メッター)
  • 悲(カルナー)
  • 喜(ムディター)
  • 捨(ウカッペー)

簡単に言うと、慈しみ、憐み、共に喜び、平等であろう、ということです。この慈悲を心をはぐくむことが幸福への最大限にして最速の道なのだと言います。

理解できないところもある

正直に言えば、読みながら「そうじゃないだろう」ということが多かったです。自我が無いと向上心も生まれないし、誰もが無常観の中で生きていたら発展もないだとう、といのが私の思うところです。

私個人は感情が希薄で、「愛って何だよ・・・」というような中学生のような疑問も湧いたりします。感情が希薄な私からいうと豊かな感情の持ち主の妻を尊敬するし、大事に思っています。それも自我として否定されるのでしょうか。

ただ、これから生き方については学ぶべきところも多かったです。以下の文章は心に響きました。このような生き方もいいなぁと思い、もうちょっと考えてみたいと思います。

たとえば、紙パックのジュースを買うと、裏側に小さなストローが付いてあります。人はジュースが飲みたいと思って買うのであって、あのストローが欲しいと思って買うことはありません。でも、あれがなかったら困りますね。必要とされています。立派に役割を果たしています。

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